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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1030号 判決 1959年7月10日

控訴人 川上塗料株式会社

右代表者代表取締役 横山栄一

右訴訟代理人弁護士 渡辺弥三次

被控訴人 永田浩造

右訴訟代理人弁護士 鳥居孫四郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一、九一八、五九〇円及びこれに対する昭和三〇年七月一八日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人において、金六四〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被控訴人が、訴外富士興業株式会社(以下訴外富士興業と略称)の代表取締役であり、右会社が控訴会社から塗料を買受けていること、被控訴人が右訴外会社の代表取締役として昭和二九年一〇月初頃控訴会社に対し訴外日本石油株式会社(以下訴外日本石油と略称)、同麒麟麦酒株式会社(以下訴外キリン麦酒と略称)へ納入すべき塗料を注文し、右註文により右両会社に控訴会社において塗料を代納したこと、被控訴人が右訴外富士興業の代表取締役として、右塗料売渡先の訴外日本石油に対しては、控訴会社の指示した見積代金(すなわち訴外富士興業の控訴会社からの買受代金)合計金一、七一二、五〇〇円より金三六三、一三〇円安い金一、三四九、三七〇円にて納入し、右代金の支払として、右訴外日本石油から、昭和二九年一一月三〇日に、金額三〇五、二九〇円の小切手一通及び金額三〇五、〇〇〇円、満期昭和三〇年一月三〇日の約束手形一通、昭和二九年一二月三〇日に、金額三七〇、〇八〇円の小切手一通及び金額三六九、〇〇〇円、満期昭和三〇年二月二八日の約束手形一通、(以上の金額合計金一、三四九、三七〇円相当)を受領したこと、また被控訴人は同じく右塗料売渡先の訴外キリン麦酒からは、昭和二九年一〇月三〇日金二〇七、七五五円の小切手一通を受領したことはいづれも当事間に争がない。

しかして控訴人は、被控訴人が代表取締役である前記訴外富士興業が、当時著しく債務超過の状態にあり、主たる商品仕入先の控訴会社に対し多額の債務があつた時において、被控訴人が右富士興業の代表取締役として控訴会社との間に所謂紐付支払の特約、すなわち訴外富士興業が商品納入先の訴外日本石油及び訴外キリン麦酒に対し控訴人の指定価格以上で売渡し買主より受取る小切手、約束手形等をそのまま控訴会社に引渡す旨の特約等に違反して控訴会社に損害を加えたのは商法第二六六条の三又は民法第七〇九条に則り控訴会社に損害賠償責任がある旨主張するので、先ず被控訴人の行為が右商法第二六六条の三の責に任ずべき行為に当るかどうかの点について考察する。

がんらい株式会社の取締役は会社の職務執行について商法第二五四条第三項に則り委任の規定に従い(民法第六四四条)受任者として委任の本旨に従い善良なる管理者の注意を以つて委任事務を処理する義務を負うは勿論、商法第二五四条の二の規定に従い、法令及び定款の定並びに総会の決義を遵守し会社の為忠実にその職務を遂行する義務を負うものであるが、取締役が、第三者に損害を与えることを予見しながら、右義務に違反する職務執行行為をなして悪意又は重大な過失あるものと認められる場合に、その取締役をして第三者に生ぜしめた損害を賠償せしめようとするが、商法第二六六条の三の趣旨と解されるところ、前記当事者間争のない事実に、当審及び原審における証人矢野数馬、同大野安一、同箆真一の各証言、原審における証人中村尚夫の各証言、成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二号証、甲第一号証、同第六、七号証の各一ないし三、同第八号証の一ないし四、同第一二号証ないし第二一号証、原審及び当審における各被控訴本人尋問の結果の各一部等を綜合するときは、被控訴人がその代表取締役としてその業務一切を主宰していた訴外富士興業は、塗料の販売を目的とする会社でその販売塗料の約七、八割は、控訴会社より仕入れ控訴会社よりの買値以上に他に販売してその差額を収益とする業態であつたところ昭和二九年一〇月初旬頃右訴外富士興業の代表取締役である被控訴人より控訴会社に対し訴外日本石油及び訴外キリン麦酒両会社より右富士興業に注文があつた塗料について、控訴会社としてその売値価格を如何に定めるかその見積を請求して来たところ、控訴会社においては、当時右富士興業に対する売掛代金未収金約二、〇〇〇、〇〇〇円ある外手形未決済分二、五〇〇、〇〇〇円もあつて、右富士興業に対する信用取引額はその極限に達したものと認めたので、被控訴人に対し、右取引においては前記富士興業と控訴会社との取引状態にかんがみ、前記訴外日本石油及び訴外キリン麦酒両社より代金支払として富士興業が受取る小切手、約束手形等一切は一応そのまま控訴会社に引渡した上で清算する条件でなければ取引を継続し難い旨念達し、被控訴人においてこれを承諾したので、控訴会社は右富士興業に対する売値として、訴外キリン麦酒に納入する塗料の代価を金二〇六、〇九〇円、訴外日本石油に納入する塗料の代価を金一、七一二、五〇〇円とすることに被控訴人の承諾を得て、同月中旬頃から翌月初旬頃までの間に右各代価に相当する契約塗料を、それぞれ右富士興業に代つて、右注文主の各会社に納入したこと。しかして右富士興業は前記の如く控訴会社に対し多額の債務ある外、極度の営業不振で金融逼迫し、赤字損失の決算状態となつていたところからして、富士興業の代表取締役としての被控訴人は、その最も重要な商品仕入先である控訴会社との取引については最も慎重かつ忠実にその契約条項を実行しなければ爾後控訴会社との取引は継続できなくなり、その結果は、富士興業として事業の継続は殆んど不可能となり、引いては各債権者に対する債務支払は停止せざるを得ないこと必至の状態にあることを予見し得たにかかわらず(仮りに予見しなかつたとすれば重大なる過失により予見し得なかつたものと認められる)漫然と前記控訴会社との契約を忠実に実行することなくして、前記日本石油に納入した塗料については、控訴会社において後日値下を承認してくれるものと軽信して控訴会社の指示した見積価格(すなわち控訴会社より富士興業の買受価格)より金三六三、一三〇円も安価の代金一、三四九、三七〇円で日本石油に納入する契約をなして前記の如く合計同額の小切手及び約束手形を受取り、またキリン麦酒よりは前記の如く控訴会社の見積価格金二〇六、〇九〇円より一、六六五円高価の金二〇七、七五五円の小切手を代金として受取りながら、前記特約による右小切手、約束手形等を一応そのまま控訴会社に引渡して清算する手続をとらず、控訴会社に無断で右受領した小切手、約束手形等を納得し得べき使途を明にすることなく他の債務の支払に充当したこと、その後控訴会社において調査の結果右事情が判明するに及んで、控訴会社としては今後富士興業の代表取締役である被控訴人に正当な取引を継続する誠意ないものとしてやむを得ず同年一一月下旬頃から富士興業に対する出荷を停止する措置をなしたこと、富士興業は前記従前の金融逼迫状態に加え、右事情による控訴会社の出荷停止の措置があり、その後は殆んど廃業状態となり、前記控訴会社に支払うべき塗料代金一、九一八、五九〇円を含む多額の債権についても一切支払不能となり、結局控訴会社は右塗料代金相当の損害を蒙つていること、がそれぞれ認められるのであつて原審及び当審における被控訴本人の各尋問の結果中、右認定に副はない部分は、信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。被控訴人は、被控訴人が控訴会社の示した見積価格より三六三、一三〇円も安い価格で訴外日本石油に納入する塗料の代価と定めたことも顧客を確保する都合上、従来の取引に照して控訴会社の値下承認を期待したもので職務懈怠ではなく、控訴人主張の所謂紐付支払の特約もその後無条件の買掛債務に改められたもので、被控訴人の行為が控訴人主張の如き訴外富士興業の赤字経営の状態下で行はれたからといつて、被控訴人に職務懈怠はない旨抗争するが前記認定の如く被控訴人の主張は当裁判所の信用し難い被控訴本人尋問の結果以外には認め得る資料なく殊に所謂紐附支払の特約が無条件の買掛債務に改められたことを認めるに足る証拠はない。

以上の認定事実によれば控訴人が代金額を指定しいわゆる紐附取引により代金の弁済を確保せんとした特約は被控訴人の行為(故意少くとも重過失に因ること前認定の通りである)により蹂躙せらられたもので之を訴外富士興業と控訴人間の正常なる取引に関する債務不履行としてのみは到底看過し難くむしろ被控訴人が控訴人の塗料喪失という損害に因て右訴外会社の利益を計つたものというべく、被控訴人が商法第二六六条の三に則り第三者たる控訴会社に対し損害賠償の責に任ずべき場合と認めるを相当とし、控訴人の被控訴人に対する前記損害金一、九一八、五九〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること本件記録により当裁判所に顕著である昭和三〇年七月一八日より完済にいたるまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める請求は、他の争点に関する判断をまつまでもなく正当として認容すべきものであつて、被控訴人の本訴請求を排斥した原判決は民事訴訟法第三八六条に則り失当として取消を免れないものである。

よつて訴訟費用の負担、仮執行の宣言につき同法第八九条第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤城虎雄 裁判官 亀井左取 坂口公男)

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